欧州中央銀行(ECB)のイザベル・シュナーベル理事は28日、米ワイオミング州で開かれたジャクソンホール会議で講演し、中央銀行自身が分散型台帳(DLT)上へ移行すべきだと述べた。中銀準備をブロックチェーン上のネイティブなプログラマブル資産として発行するという主張だ。
ステーブルコインに欠けているもの
シュナーベル理事はまず、トークン化された金融市場で何が安全な決済資産たりうるかを論じた。ダレル・ダフィー教授の論文へのコメントという形式で、議論は決済資産が満たすべき2つの条件に沿って進む。
1つは安全性。信用リスク、流動性リスク、償還リスクがないことを指す。もう1つは、流動性需要の変化に応じて供給を弾力的に拡大できることだ。
変動金利国債を裏付けとするステーブルコインであれば、理論上は1つ目の条件をほぼ完全に満たせる。しかし2つ目については、発行体に独自の能力がないとシュナーベル理事は指摘した。資金調達市場が張り詰め、信認が急に揺らぐ局面でこそ必要になる能力である。
同理事はこれを新しい問題ではないとし、1913年の連邦準備法制定の背景を引いた。当時の国法銀行制度では、通貨供給が銀行の保有する適格国債に結び付けられていたため、現金需要の急増に流動性が滑らかに追随できず、1907年の銀行恐慌のような事態を悪化させた。
結論として、ステーブルコインは中銀マネーの代替ではなく補完であると位置づけた。適切に設計・規制されれば、家計や企業が使える決済手段の幅を広げ、新しい形態のデジタル経済活動を支えうるとしている。
「中央銀行はオンチェーンへ行くべきだ」
問題は、中銀マネーをトークン化された環境でどう利用可能にするかに移る。選択肢は3つある。プログラマブルな台帳上で準備預金を直接トークン化する方法、既存の決済システムをブリッジや同期で接続する方法、そして民間の仲介者がオムニバス口座を通じて中銀に代わってトークン化する方法だ。
シュナーベル理事は3番目の類型に対し、米国の国法銀行制度下にあった民間コルレス債権のピラミッドを再現しかねないと述べた。台帳上を回るトークンが中銀への直接の請求権ではなく、私法上の負債になるためだ。その価値は仲介者の業務・財務・法的な健全性に依存し続ける。
2番目のブリッジ方式についても、資金決済が引き続き台帳の外で行われる以上、中央銀行は今日と同じ運営枠組みを使い続けることになると指摘した。
これに対し、中銀が自らトークン化された準備預金を発行すれば、DLTプラットフォーム上でスマートコントラクトを使って金融政策を実行できる。担保と準備預金がいずれもプログラム可能な環境にあれば、標準的なレポ取引を1つのトランザクションとして原子的に執行でき、個別のメッセージ送受信や照合が不要になる。
担保の追加請求や証券の差し替えをリアルタイムで自動化することも、金利パラメータを即時に変更することも可能になるという。同理事は、これらが単なる改良ではないと強調した。トークン化によって流動性需要が伝播する速度が上がる以上、中央銀行は現行の枠組みが許すより速く流動性を供給する必要が生じうるためだ。
もっとも、実装の形は決まっていない。単一の統合台帳、ユーロシステムが運営する独自台帳、複数台帳の相互接続という選択肢があり、決済資産と対象資産が同じ台帳にあれば厳密な原子的決済が可能になる。
一方で単一台帳は、ガバナンス設計、処理の集中、技術ロックインという課題を抱える。同理事は、どの構造が最適かは未解決の問題だとした。
ポンテスは年内稼働、2028年半ばに24時間365日へ
この2日前の26日、ピエロ・チポローネ理事がフランクフルトで行った講演では、より具体的な数字と日程が示されている。
公開ブロックチェーン上に記録されたトークン化済みの伝統的資産は、2025年3月末の47億ユーロ(約8,707億円)から2026年3月末には233億ユーロ(約4兆3,163億円)へ、およそ5倍に増えた。
米国のある民間プラットフォームでは、2026年3月のトークン化レポ取引が1日平均3,540億ドルに達し、1年前の4倍になったという。
欧州側の事情も数字で語られた。EU域内には31の証券集中保管機関(CSD)、14の中央清算機関(CCP)、323の取引所が存在する。2023年には件数・金額のいずれでも95%超が同一CSD内で決済されており、国境を越えた決済は限られている。
ユーロシステムは2つのプロジェクトを走らせている。市場のDLTプラットフォームとTARGETサービスを接続し、資金決済を中銀マネーで最終化するPontes(ポンテス)と、トークン化エコシステム全体の構造・標準・ガバナンスを扱うAppia(アッピア)だ。
チポローネ理事は、ポンテスを年内に稼働させると述べた。初期導入を促すため、当初は一度限りのオンボーディング費用のみを課す料金設定にするという。
その後、稼働時間を1営業日あたり22.5時間へ広げ、ユーロシステムのDLT上での即時決済完了性を提供する。2028年半ばまでには24時間365日の運用、プログラマビリティの拡充、多通貨対応を計画している。
アッピアは2028年に、統合されたトークン化金融エコシステムの青写真を示すことを目標としている。
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※価格は執筆時点でのレート換算(1ユーロ=185.25円、1ドル=159.37円)


