仮想通貨規制の緩和を訴えつつ、本人は非保有を明言
現地時価1日、ポーランドで実施された大統領選挙の決選投票で、保守派のカロル・ナヴロツキ氏が僅差で勝利を収めた。特筆すべきは、氏が選挙戦の過程で、暗号資産(仮想通貨)産業への肩入れを明確に打ち出した点にある。ナヴロツキ氏は、保守政党「法と正義(PiS)」からの支持を背景に持つ、無所属の政治家。「ポーランド・ファースト」を高らかに掲げ、この度の選挙戦を勝ち抜き、国家の新たな指導者として名乗りを上げた。
ナヴロツキ氏の得票率は50.89%。対する対立候補、中道与党「市民プラットフォーム(PO)」に籍を置き、現職ワルシャワ市長でもあるラファウ・チャスコフスキ氏は49.11%。まさに薄氷を踏むような、きわどい勝利であった。両者の票差は約37万票。この数字が、選挙戦の熾烈さを如実に物語っている。
このナヴロツキ氏、選挙戦もいよいよ佳境に入った5月29日頃、実に興味深い一手を見せた。自身のSNSに動画を投稿し、仮に大統領の座を得たならば、仮想通貨産業の発展を積極的に支援すると高らかに宣言したのである。「我がポーランドは、自由な投資を縛る規制の国ではなく、イノベーションが生まれる保育器となるべきだ」。そう熱弁をふるうナヴロツキ氏。しかし驚くべきことに、彼自身は仮想通貨を一切保有していないと、あっけらかんと公言している。
この一見矛盾したかのような言動の裏には、周到な計算が隠されていると見るのが自然だ。その主なねらいは、極右政党の候補者、スワヴォミル・メンツェン氏の支持層へのアピールだ。メンツェン氏はビットコインを保有していることを公にしており、専門家の間では、第一次投票において14.8%程度の票を獲得すると予測されていた。ナヴロツキ陣営としては、クリプト票田を少しでも自陣営に取り込みたかったはずだ。
もっとも、仮想通貨に対して秋波を送っていたのはナヴロツキ氏だけではなかった。対立候補であったチャスコフスキ氏も、時間をさかのぼること今年の2月には、ポーランド国内の仮想通貨市場に対する規制強化の動きには反対の姿勢を明確にしていた。つまり、主要な候補者双方が、程度の差こそあれ、仮想通貨に対して一定の理解を示していたという構図が見て取れる。これは、ポーランド国内における仮想通貨への関心の高まりを示している。
さて、ナヴロツキ氏の勝利は、ポーランド国内の政治情勢に新たな、そして複雑な波紋を広げる可能性を秘めている。「ポーランド・ファースト」や「主権の回復」といった、いささか「反動的」とも取れるスローガンを掲げ、保守層やEU(欧州連合)に対して懐疑的な立場を取る有権者の心を掴んだナヴロツキ氏。しかしながら、ドナルド・トゥスク首相が率いる現政権は、中道かつ親EUの立場を鮮明にしている。これにより、大統領と政権運営を担う政府との間に、いわゆる「ねじれ」状態が生じることはほぼ確実視されている。
ねじれの弊害として、司法改革や社会政策は停滞する恐れが高まる。一方でナヴロツキ氏は「イノベーション優先」を掲げるだけに、国内のブロックチェーン関連スタートアップは期待を膨らませる。すでにワルシャワ証券取引所ではトークン化証券の実証実験が進行中で、同氏の就任が「法的ガラスの天井」を突き破るとの見方も強い。
ポーランドはEU復興基金の支払停止という黒歴史も抱える。法の支配を巡る摩擦が解消しなければ、潤沢な欧州資金を取り込めず、仮想通貨プロジェクトも干上がりかねない。加えて、議会の中道連立は移民政策や妊娠中絶の自由化を巡ってすでに火花を散らしており、大統領の拒否権が頻発すれば政治的空白が長期化するリスクは大きい。
ナヴロツキ氏の勝利は、東欧における「デジタル主権」志向の広がりを象徴する出来事とも言える。ロシアの侵攻によって安全保障とエネルギー自立が重視される中、「国家独自チェーンで経済を守る」という保守的なビジョンが、一部の有権者の心に響いたとみられる。仮想通貨を巡る世界的な規制論争が続く2025年、ポーランドが“実験国家”としてどこまで突き進むのか。市場もEUも、そして国内起業家も、固唾を飲んで次の一手を見守っている。
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