ペンテコステか、バベルの塔か?
ステーブルコイン「USDT」を発行する「Tether(テザー)」のCEOパオロ・アルドイーノ氏は1日、エルサルバドルに最大70階建ての超高層ビルを建設する計画を示唆した。
本件は、建設費の投入や雇用創出が見込まれるため、短期的には経済刺激になると考えられる。大がかりな建設ラッシュによって業者の収益が上がり、地元の飲食・宿泊産業にも波及する可能性がある。しかし、長期的な成否は、このビルに入居するテック・クリプト企業がどの程度の実質的な事業を展開するかにかかっているだろう。
エルサルバドルでは、2021年11月に発表された政府主導の「ビットコインシティ構想」が注目を集めたが、実現には多くの課題があった。今回のテザーの投資は、同国が推進するデジタル資産の活用と一致するものの、この超高層ビルが持続的な経済効果をもたらすかは不透明だ。
エルサルバドルは2021年、世界で初めてビットコインを法定通貨として採用。しかし、2025年1月29日に法改正が行われ、ビットコインは法定通貨としての地位を失い、民間取引におけるデジタル資産として位置づけられることになった。
この決定の背景にはIMF(国際通貨基金)との14億ドルの融資交渉があるとされ、政府はビットコインの利用拡大策の見直しや、公的ウォレット「Chivo(チーボ)」の段階的縮小に合意した。ただし、政府はビットコイン準備金の保有を継続し、デジタル資産政策そのものを放棄したわけではない。
テザーは先月、エルサルバドルのデジタル資産サービスプロバイダー(DASP)ライセンスを取得し、同国への本社移転手続きを進めている。これまで英領バージン諸島に登記されていたが、同国の明確な暗号資産(仮想通貨)規制を評価し、事業の拠点を移す計画だ。
一方で、テザーは長年にわたり「裏付け資産の管理体制」や「監査の透明性」をめぐる疑念を抱え続けてきた。今回の本社移転や一国を巻き込む大規模投資には、同社が安定性をアピールする狙いがあると見られる。ただし、それが純粋な広告戦略にとどまらず、実質的な信頼向上につながるかは未知数である。
アルドイーノ氏は、このビルについて「単なるロゴを掲げるだけの存在ではなく、エルサルバドルへの長期投資の証」と強調。既存の高層ビルを上回る規模となる可能性があり、国の新たな象徴的建築物となることが期待される。
また、エルサルバドルでは若年層を中心に「仮想通貨のビッグウェーブに乗りたい」という機運が高まっている。テザーはすでに「Plan B Network」を通じ、プログラミングやブロックチェーン技術に関する教育プログラムを展開しており、地元の人材育成に貢献している。これにより、エンジニアや開発者の育成が進めば、デジタル経済の発展を後押しする可能性がある。
しかし、ビットコインの価格変動や仮想通貨市場全体のリスク、さらに国際規制の影響を受ける可能性は依然として大きい。超高層ビルの維持コストも馬鹿にはできず、景気が後退すれば空室率の上昇が懸念材料となるだろう。
ビットコイン先進国として世界の耳目を集めるエルサルバドルは、今度は「テザータワー」という“目に見えるシンボル”を手にすることで、さらなるPR効果を狙うとみられる。もし、テザーをはじめとする世界的なテック企業が相次いで進出すれば、「中米の新たなテックハブ」というブランドイメージを確立できるかもしれない。
しかし、肝心なのは長期的に地元と共存し、経済や雇用に本当の意味で貢献できるかという点である。過去、外資系企業の大規模投資が一時的な景気浮揚をもたらしたものの、現地住民が十分な恩恵を受けることなく撤退した例は数多い。テザー自身や関連企業が雇用・教育プログラムに継続的な資源投入を行い、エルサルバドルの経済を底上げし続ける姿勢を示せば、この超高層ビルは空虚なモニュメントではなく、大きな成功例となり得るだろう。
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