社会の担い手として注目されるNPOですが、その社会的役割や課題にはどういったものがあるのでしょうか。
今回は、NPO論、地域経営論などを研究されている大阪商業大学 准教授 中嶋貴子 氏にお話をお伺いし、地域におけるNPOの役割や資金的課題に迫ります。
未来に向けた持続可能な社会づくりへの新たな道を切り開くかもしれないNPOの可能性について、一緒に考えてみましょう。
取材にご協力頂いた方
中嶋 貴子氏
中嶋 貴子(なかじま たかこ)
大阪商業大学公共学部 准教授(博士 国際公共政策)
大学卒業後、商社勤務の後に財団法人大阪国際交流センターで相談員として働く。その中でNPOに関心を持ち、大阪大学大学院にてNPOの社会的役割・資金課題の研究に取り組む。2015年、大阪大学大学院国際公共政策研究科を修了、博士(国際公共政策)。日本学術振興会特別研究員を経て2017年より現職。専門はNPO論、地域経営論。非営利組織の経営や、非営利セクターの資金調達を研究課題として分析を行っている。近著として、『非営利法人用語辞典』(2022)寄稿、『日本のコレクティブ・インパクト-協働から次のステップへ』(2022) 佐々木利廣ほか編著章担当執筆、『寄付白書2021』寄稿など。
目次
地域におけるNPOの社会的役割
ー NPO論と地域経営論に焦点を当てた研究を始めたきっかけは何でしたか?また、NPOの社会的な役割について、一般の人々にわかりやすく説明していただけます か?
中嶋氏 :NPOに関心を寄せたきっかけは、在住外国人の支援として通訳業務を担当する中で、NPOが行政の手の回らない社会の問題解決に自発的に取り組む中、経営基盤がぜい弱であり、持続可能な支援の継続が難しいという状況に疑問を持ったことでした。NPOの経営課題を研究するために、地域の課題や他の組織についても研究をすすめる中で、地域社会とNPOは互いに大きな影響をもたらしていることに関心を寄せるようになりました。以来、地域社会や市民社会というマクロの視点と、NPOと個々の地域というミクロの視点から、NPOと地域について研究に取り組んでいます。
NPOとは、non profit organization(非営利組織)の略称です。非営利を前提に活動をするため、NPOが儲けを得たり、NPOの職員が給与を得てはいけないと思われがちですが、いずれも誤解です。NPOは事業で得た利益を利害関係者に分配せず、非営利事業に使用するという制約が課された組織とされ、企業とは得た利益の使い方に違いがあるだけで、儲けを得ることや職員が給与を得ることもできます。もちろん完全に無償のボランティアだけで運営することも可能です。NPOには様々な種類があります。一例として、NPO法人の団体数をみると、地域差はありますが、全国で5万団体を超えています。これは、全国のコンビニエンスストアの店舗数に相当しますから、NPOは私たちの生活において身近な存在といえるでしょう。
資金調達の新しい展望
ー 今日のNPOが直面する資金的課題に対して、伝統的なアプローチがどれほど有効でなくなってきていると感じますか?また、新しい資金調達の形についてのご見解と具体的な例や成功事例を教えていただけますか?
中嶋氏 :地域社会を支える自治会や町内会の住民参加率が低下するにつれ、地域活動の担い手や財源を維持できなくなっている地域も少なくありません。また、市民による社会貢献活動を促進するための法人として、特定非営利活動促進法(NPO法)により認証されたNPO法人(特定非営利活動法人)がありますが、内閣府が調査した『令和2年度 特定非営利活動法人に関する実態調査報告書』からNPO法人の収入構造をみると、収入の83.1%を事業収入が占める一方、寄付収入は2.4%のみでした。また、民間や行政からの補助金・助成金収入は10.%、会費収入は2.2%となっています。ただし、これは平均値であり、NPO法人の場合は、団体の経営方針により収入構造や規模もかなり異なります。
なお、NPO法人のうち、より公益性の高い活動を行う組織として認定を受けた認定NPO法人(認定特定非営利活動法人)と特例認定を受けた特例認定NPO法人(特例認定特定非営利活動法人)には寄付者に対する税制優遇があります。これらの法人では、収入割合の平均値をみると、寄付収入は32.2%、補助金・助成金収入が26.1%、事業収入が37.9%となっており、その他のNPO法人より寄付収入の割合は高くなっています。
このように、NPO法人の活動財源については、資金の使途の自由度が高く安定した収入が見込める事業収入の割合が高まっています。補助金や助成金は使用できる期間が限られているうえに、応募書類や報告資料の作成も必要です。公募の場合は、応募しても必ず獲得できるとは限りません。また、寄付は寄付者の意志や社会情勢、資金調達活動(ファンドレイジング)の成果によって変動しやすい財源です。そのため、公募資金への応募書類の作成力や寄付を集めるスキルも団体に求められます。
近年、広まりをみせている資金調達手法の一例としては、会員の更新や定期的な寄付を自動更新できるオンライン決済型のサブスクリプション機能を活用したものです。また、クラウドファンディングなど、インターネットや新しい決済手段を活用した新しい資金調達手法も広まっています。NPOに対する各種支援制度や技術提供も行われています。例えば、コングラント(https://congrant.com/jp/index.html )やGoogleの非営利団体向けプログラム(https://www.google.com/intl/ja/nonprofits/ )などがあり、NPO向けのソフトや決済システムが提供されており、無償、有償で利用することができます。このようにNPOの経営支援も日々発展しており、活動の規模が大きい団体では、これらのシステムを組み合わせた資金調達も取り入れています。
NPOの経営手法と社会的影響
ー NPOの経営手法が社会的影響に与える影響や、成功するNPOの共通点について具体的に説明していただけますか?また、NPOの経営において、特に重要なリーダーシップの資質やスキルは何だと考えますか?
中嶋氏 :環境破壊や経済格差など、経済発展と相反して増大する課題や新しい価値創造によって人々の認識や行動を変えていこうとするグローバルに活動するNPOやNGOも存在します。紛争地域での医療支援にあたる「国境なき医師団」や環境問題に取り組む「グリーンピース」などの団体名は、みなさんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。活動を通じて社会や人々の価値観に変化を及ぼしていく「社会的インパクト」に注目が高まっています。SDGsがそうであるように、政府・企業・NPOやNGO、そして私たち一人一人の行動が、ボーダレスに社会や経済の仕組みを変化させていくような「ソーシャルイノベーション」に貢献できることを示した一例といえるでしょう。
新たな社会的価値を産み出すような組織のリーダーには、「社会的企業家精神(ソーシャルアントレプレナーシップ)」が求められます。社会課題に対する先駆的な課題発見力と行動力、ビジネスモデルを構築し実行するための人材や資金調達力といった経営力、そして必要な知識や資源を外部から柔軟に取り入れることができ、組織間の有機的なネットワークを形成できる能力などがあげられます。そして、最も重視すべきは、営利事業か非営利事業にかかわらず、社会的インパクトを引き起こす可能性がある事業を遂行するにたる倫理を備えていることです。日本では、近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の精神として古くから知られる経営哲学でもあります。
経済におけるNPOの役割と挑戦
ー NPOが経済の再構築にどのように貢献できるかについて、一般の人々にわかりやすく説明していただけますか?
中嶋氏 :NPOは経済の再構築を目指す組織ではありせん。ただし、その活動の過程では、人々や企業の行動を変えていく新しい「共通価値の創造(CSV: Creating Shared Value)」によって、人々の消費行動や企業の生産活動に変化をもたらし、結果として、地球全体の利益を生み出す中で、経済的利益の回復にも貢献すると考えられています。
これらは、2011年6月『Harvard Business Review』(※)にて発表されたマイケル・ポーターとマーク・クラマーの論文では、企業が環境対策や社会問題に配慮することは、社会的責任(CSR)の枠を超えて市場で競争優位を獲得できると論じています。同様に、社会的課題に対峙するNPOにおいても、より社会的インパクトの高い同様の成果が求められるようになっています。
(※日本語版は『DIAMONDハーバードビジネスレビュー』2019年2月号を参照)
地域社会の再構築を目指すNPO
ー NPOが地域社会の再構築に果たす役割について、最新の研究や成功事例から注目すべきトピックはありますか?また、NPOが直面する主な障害や課題にはどのようなものがあり、それらに対してどのように取り組むべきだと思いますか?
中嶋氏 :東日本大震災では、広域に及ぶ地域が壊滅的な被害を受けました。阪神淡路大震災や東日本大震災では、被災直後から国内外のNPOが支援に駆けつけました。多分野の研究において、地域社会や住民間のつながりであり「ソーシャルキャピタル」を維持することは、人々の主観的幸福度を高め、心身の健康や地域社会の構築によい影響を及ぼすとされています。被災地支援では、行政が十分にケアできない個々の地域や被災者が抱える問題に対し、NPO、NGOによる支援が提供されました。
3.11から13年を超えた今もなお、現地で活動を続けるNPOは多数あります。しかし、甚大災害時には、行政を介して被災者に寄付金が配分される義援金への寄付が集中しますが、被災者・被災地に支援を提供するNPOに対する寄付(活動支援金)は義援金と比較して規模が小さいことが明らかになっています(※)。甚大災害時におけるNPOの活動でさえも寄付金を集めることは容易ではありませんでした。そのような中でも、活動を継続してきた経営持続性の高いNPOに注目して2024年3月に現地調査を実施しました。その結果、今もなお現地で活動を継続するNPOのリーダーの特性として、組織とリーダーが目指すゆるぎない目標、それを達成するためのスタッフとの信頼関係、行政・企業・地域社会との連携体制を構築しながら資金調達を行なってきたことが伺えました。緊急時の一時的な資金供給から、どのように自律的な経営モデルを構築していくかが中長期的な経営をめざすNPOや組織のリーダーには求められています。
(※ 中嶋貴子・馬場英朗(2015)「東日本大震災における援助資金フロー捕捉の試み:インフローとアウトフローに関する援助資金マトリックス」『計画行政』 38巻4号39-49頁)
ー 本日は貴重なご見解ありがとうございました。