「ドルはないが燃料は必要」ならば、「仮想通貨で買えばいいじゃない」⁉︎
ボリビア政府は10日、最高法令第5348号を発行し、国営エネルギー会社「YPFB(Yacimientos Petrolíferos Fiscales Bolivianos)」に対し、現地銀行を通じて米ドルを取得し、燃料輸入の購入に暗号資産(仮想通貨)を使用することを許可した。
いま、ボリビアは深刻なドル不足と燃料不足に陥っている。「南米の小国など、どうなろうと知ったことではない」と軽視していると、あとから世界各地に波及する影響を見逃すおそれがある。なにしろボリビアはかつてガス輸出国として存在感を示し、近年は燃料補助金を惜しみなく投入してきた国だからだ。ところが今はドルが底をつき、燃料を輸入できず、ガソリンスタンドには長蛇の列ができている。そして、ついに仮想通貨で燃料代を払おうとしているのである。日本人にとっても、明日は我が身だ。
まず、なぜこうなったかについて触れる。ボリビアの外貨準備は危機的な低水準にあり、政府も資金調達に苦慮している。かつては天然ガス輸出でドルを稼いでいたが、ここ十数年でガス田が枯渇し、新規投資もうまく進まなかったため主要な外貨獲得手段が失われた。そのため輸出収入が大幅に減少したうえ、国内で燃料を安く売る、つまり燃料補助金を手厚く出し続けた結果、ドルが流出し続ける事態に陥った。「輸入燃料を安価で国内に提供する」という政策は政治的な支持を得やすいが、外貨が枯渇すると極めて厳しい状況になる。国内の銀行にも中央銀行にもドルがない以上、どうするか。そこで登場したのが仮想通貨というわけである。
実はボリビアでは、2014年頃に「仮想通貨は違法」とする方針を中央銀行が打ち出していた。しかし、今回発行された最高法令第5348号により、YPFBの仮想通貨使用が許可された。「背に腹は代えられない」という姿勢の現れである。YPFBの社長アルミン・ドルガセン氏は、「生産者や鉱業関係者がボリビアーノ(自国通貨)で支払い、それを仮想通貨に変換して燃料を購入する仕組みだ」と説明している。
YPFBはまだ仮想通貨での支払いを行っていないが、今後、導入する計画がある。どの仮想通貨を利用するかについての詳細は明らかにされていないが、市場レートに基づき仮想通貨を取得し、支払いに使用する方針だとされる。ボリビア国内の公式レートは1ドル=6.96ボリビアーノだが、実際にはドルが不足しているため、ブラックマーケットでは公式レートに対して約60%のプレミアムがついていると報じられている。
さらに、仮想通貨を用いた決済には手数料や流動性リスクなどの問題がある。国営企業が大規模に仮想通貨を運用するなら、AML(マネーロンダリング防止)やコンプライアンス面での管理が必要になるし、ハッキングなどの技術的リスクも伴う。しかし「ドルが手に入らない以上、デジタルドルを使うしかない」というのが今のボリビア政府の本音であり、無理を承知で動いている状況である。
将来的にどうなるか? 仮想通貨によるドル不足の補完策は、根本的な解決にはつながらない。燃料やガスが不足し、ガス輸出が激減して外貨を稼げないという構造的問題は大きいままである。自国での生産拡大、補助金縮小などの抜本的改革を行わなければ、外貨不足がさらに深刻化する見通しだ。「Fitch(フィッチ)」もボリビアのソブリン格付けを「CCC-」に引き下げており、遠からず対外債務の支払いに追われることが予想される。次の政権でIMFなどに支援を仰ぐしかない事態に陥る可能性もある。
政府は「一時的な措置だ」と説明しているが、ガソリンスタンドの行列は常態化し、農業や鉱山への悪影響、散発的なデモなど不穏な空気が消えていない。現地では「本当に大丈夫なのか」という疑念も強まっている。政府が「仮想通貨で乗り切る」と宣言すれば、「もうボリビアーノでは輸入ができないということか」との不安が高まるのも当然だろう。
もっとも、制裁下にあるベネズエラやイランと異なり、国際金融網から締め出されているわけではないので、まだ恵まれていると見る向きもある。しかし「ボリビアという国家が仮想通貨で燃料を仕入れる」という事実は相当に異例である。ここには「何としてでも燃料を確保しなければ、国内経済も政権も危うい」という切迫感がある。一方で、こうした措置を長期的に続ければ、為替レートや財政のツケが大きくなる恐れがあり、先送りの手段にすぎないとの見方もある。
ボリビアの動きは「ドルが足りないが燃料は必要」という状況への緊急策である。当面は「仮想通貨で燃料を買う」という奇策でしのいでいるが、マクロ経済的にはかなり危うい局面にあるといえる。南米の一国で起きているニュースと思って軽視するのは危険である。世界のどこかで起こる通貨危機は、連鎖的にグローバル市場へ波及する場合がある。投資家のリスク意識や国際商品の取引経路など、意外な部分に影響を及ぼす可能性があることを忘れてはならない。
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