今回は、マーケット分析の視点から国際金融の動向とリスクについて、地政学的リスク、金融政策の影響、そして最新のテクノロジーがもたらす変化に焦点を当て、高千穂大学 内田稔准教授に専門的な見地からのご洞察をお伺いしました。国際金融の未来を展望するうえでの要となるテーマに触れ、共に考えを深めていく機会となれば幸いです。
当記事は2023年12月20日に取材した情報となります
取材にご協力頂いた方
内田 稔(うちだ みのり)
高千穂大学商学部准教授(専門は国際金融論)、株式会社FDAlco外国為替アナリスト、
国際通貨研究所客員研究員。
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1993年に東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。
一貫してマーケット畑を歩み、2011年4月から22年2月までチーフアナリスト。
金融専門誌J-Moneyの東京外国為替市場調査では2013年から9年連続アナリスト部門
個人ランキング第1位。2022年4月より現職。国際公認投資アナリスト(CIIA)、
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)、日本テクニカルアナリスト協会
認定テクニカルアナリスト(CMTA)、日本金融学会および日本ファイナンス学会会員。
テレビ東京ニュース「モーニングサテライト」、ロイターコラム「外国為替フォーラム」
などでも情報発信中。
目次
地政学的リスクが為替市場に与える影響について
ー 現在、ロシア・ウクライナ問題やイラン・パレスチナ紛争など、地政学的リスクを多く抱えている状況ですが、為替市場に与える影響について、ご見解をお聞かせください。
内田准教授:外国為替市場では不測の事態が生じた際、「有事のドル買い」や「リスク回避の円買い」といった言葉がよくきかれます。
前者については、ドルが基軸通貨であることから比較的わかりやすいのではないでしょうか。原油をはじめ国際的な商品(いわゆるコモディティ)の多くは、ドル建で取引されています。いかに経済や金融が混乱しようとも、ドルさえ持っていれば安心との考え方です。
「リスク回避の円買い」は、市場が混乱した場合、安全資産への需要が高まることが背景にあります。外国為替市場における安全資産とは、具体的には対外純資産国や経常黒字国の通貨を指します。対外純資産国の意味は、文字通り海外部門に対して有する債務を資産が上回っている状態を指します。経常黒字国の意味は、公的部門(政府)と民間部門(家計+企業)を合わせた貯蓄額と投資額との差(純貯蓄額)がプラス(黒字)であることを意味します。
日本は、政府が巨額の債務を抱えていますが、民間部門の内、家計がそれを補って余りある貯蓄を有しているのです。円のほかスイスフランも安全資産の代表例です。もっとも、2022年以降、世界的な金利上昇局面の中で日銀が金融緩和を維持した結果、金利水準で見劣りする円は不人気となり、大幅に値下がりしました。この間、主要通貨の中で最も上昇したのはスイスフランで、両者は対照的な値動きを辿りました。一方、地政学リスクが解消し、市場に安心感が広がると、それまでとは反対の動きがみられます。即ち、買われていたドルやスイスフランが売られやすくなるのです。
量的緩和や利上げが外国為替に与える影響について
ー 日本や他国の金融政策(量的緩和や利上げなど)が外国為替レートに及ぼす影響について、ご見解をお聞かせください。また、そのような為替レートの動きがあった場合、長期目線で値動きの方向感を推し測るためにはどこに着目する必要があるとお考えですか。
内田准教授:利上げや利下げ、量的緩和や量的引締めといった金融政策は、当該通貨の人気や不人気の度合い、将来の値上がりや値下がりへの期待に働きかけることによって、外国為替相場に強く影響します。
一般的に、利上げは当該通貨高、利下げは当該通貨安に作用します。また、量的引締めは中央銀行によるマネタリーベースの吸収を通じた市場金利の上昇を促して通貨高に、量的緩和はマネタリーベースの供給を通じた市場金利の低下を促して通貨安にそれぞれ作用すると考えられています。
但し、短期的にはこの考え方で構わないのですが、中長期的に重要なのは、実質金利の概念です。実質金利とは、表面的にみえている名目金利からインフレ率を差し引いた残りの金利で、式で表すと以下の通りです。
実質金利 = 名目金利 - インフレ率
簡単な例を挙げましょう。今、銀行に1年、預金すると1%の利息を受け取ることができるとします。これが名目金利です。一方、その間、物価は3%上昇すると仮定します。この時、預金者の立場からみると、年初の100万円には1万円の利息が付きますが、年初100万円で買えた自動車は103万円に値上がりしてしまいます。年初であれば、手持ち資金で買うことができた自動車でしたが、1年後には自己資金を2万円追加しない限り、買うことができなくなってしまいました。これは、実質的には1年間で2万円の損失が生じたことと同じです。これを上の式にあてはめると次のようになります。
預金金利1%(1万円)-インフレ率3%(3万円)=▲2%(2万円の損失)
外国為替市場でも、この実質金利が強く影響します。最も代表的な例はトルコリラです。現在、トルコの政策金利は40%と高金利ですが、インフレ率は62%です。従って、トルコの実質金利は▲22%と大幅なマイナス金利です。そしてトルコリラは過去1年間で、ドルに対して約36%も下落しました。外国為替相場にとって重要なのは、名目金利ではなく実質金利です。
これは今の円安にもあてはまります。円は2022年以降、大きく減価しました。YCC(イールドカーブコントロール)の短期金利である▲0.1%を政策金利とみなすと、日本の実質金利は現在、▲3.4%です。これこそ円安をもたらしてきた最大の要因であり、円の弱点なのです。
今、市場ではマイナス金利が解消されれば、円高が進むとの見方が増えています。しかし、この実質金利の考え方で言えば、マイナス金利の解消後も日本の実質金利は深いマイナス圏にとどまる為、それほど円高は進まないと考えられます。
ビットコインなどの暗号資産が国際金融へ与える影響と将来の展望
ー 暗号資産と外国為替市場の関係について、どのようにお考えですか?ビットコインやその他の暗号資産が為替市場に与える影響や将来の展望について、ご見解をお聞かせください。
内田准教授:ビットコインはかつて仮想通貨と呼ばれたことから外国為替市場や通貨の一部とみられがちです。ただ、政府や中央銀行といった管理者が存在せず、金利も付きません。発行量に上限がある点も通貨とは異なります。従って、暗号資産と外国為替は基本的に別物と言え、寧ろ金(ゴールド)に近いと考えられます。どちらも埋蔵量や発行量に限りがあり、金利が付利されず、事実上の管理者が不在だからです。
一方、投資対象としてみた場合、金がインフレヘッジとしての地位を確立しているのに比べ、暗号資産への信頼はまだそこまで高くありません。取引所のセキュリティーの不備に起因する数々の資産流出事件が発生したほか、2022年のFTXの経営破綻では、経営者の資質の問題がクローズアップされました。
また、金にも共通することですが、フェアバリューが不明瞭であることも難点です。例えば、外国為替にはPPP(購買力平価)という尺度があります。株には、PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)、債券であれば格付けに応じた国債との金利差(スプレッド)が投資判断に役立ちます。その点、暗号資産の投資にあたっては、過去の値動きや足もとのトレンドを主な判断材料とせざるを得ないのではないでしょうか。
もっとも、暗号資産の裏付けとなっているブロックチェーン技術は無限の可能性を秘めています。コロナショック後、各国政府や中央銀行が大規模な財政拡張や量的緩和を繰り返した結果、通貨の信認が低下する危険性も高まっており、相対的にみた暗号資産の地位は高まっていくと考えられます。また、インターネットさえつながっていれば、資金の受け渡しが可能である点も暗号資産の優れた特徴です。
相場が不安定である為、決済手段として広がっていくにはまだかなりの時間を要すると考えられますが、その有用性は高まっていくでしょう。特に、投資対象として捉えた場合、他の伝統的な資産と異なる値動きを辿ることも多く、分散投資によるリスク低減効果も期待できます。保有資産の選択肢の一つとして、今後も取引の裾野は拡大していくと考えられます。
インフレとデフレが為替市場や生活に及ぼす影響について
ー インフレーションまたはデフレーションについて、それぞれどのような状態を指すのかお聞かせください。また、インフレまたはデフレの状態が為替市場や我々の日常に与える影響について、ご見解をお聞かせください。
内田准教授:インフレやデフレは一般的にモノの値段が上がったり、下がったりすることと考えられています。これはもちろん一つの考え方ですが、全く逆の視点も重要です。
即ち、インフレとは、モノの値段が上がっているのではなく、通貨(おカネ)の価値が目減りしていることなのです。昨日100円玉1枚で買えたものが、おカネの価値が下がった結果、今日は100円玉に加えて10円玉を多く支払わないと同じモノを売ってもらえなくなった、という現象でもあるのです。この為、外国為替市場には、「インフレ通貨は売り(反対にデフレ通貨は買い)」といった格言も存在するほどです。
そして、このことは先の実質金利でも説明することができます。インフレの国では中央銀行が(名目)金利を高く設定します。ところがそこからインフレ率を差し引くと実質金利は大幅なマイナス金利となり、これが通貨安を招くのです。先ほどのトルコリラの例です。デフレとは、モノの値段が下がり、おカネの価値は上がる現象でした。従って、デフレ時代は何も考えず、銀行預金を積み上げることが結果的に正解でもありました。
一方、インフレ局面における銀行預金は、おカネの実質的な価値の目減りを招くといった視点が重要です。では、インフレの局面で、我々はどのように資産を防衛すべきでしょうか。インフレヘッジ手段としてまず代表的なのは金です。日本でも金相場の高騰がよくメディアでも取り上げられています。ただ、それ以外に株、外貨、不動産も挙げられます。インフレ局面では、企業が値上げしやすくなることから総じて売上が伸びます。販売数量が大幅に落ち込んでしまえば、元も子もありませんが多くの場合、販売数量の減少による減収効果を値上げによる増収効果が上回ります。
また、インフレ通貨は外国為替市場で値下がりする可能性が高く、一部の資金を外貨にシフトしておくことも有効なインフレヘッジです。加えて、インフレ局面では多くの場合、不動産価格の上昇が観察されます。とは言え、不動産は値が嵩む上、流動性の観点も考慮するとなかなか手を出すわけにはいきません。そこで不動産投資信託(REIT)が代替手段となるでしょう。
実際、日本も2022年以降、インフレが進みました。2022年の年初と比べるとドル円は最大で3割以上も上昇(円は下落)し、日経平均株価も2割近く上昇しました。仮に、2022年の当初、インフレ到来を見据えてドルなどの外貨預金を作成し、日経平均株価に連動する投資信託に投資をしていれば、大幅なメリットを享受することができたことになります。
金融リテラシーを深めるために
ー 「金利」「為替市場」など国際金融の概念を理解することが、金融リテラシー向上への一助になるかと思いますが、これらの専門的なトピックを一般の人々が理解するためのアドバイスについて、お教えください。
内田准教授:金融に限らず、現代ではかつてないほどあらゆる情報が飛び交っており、インターネットを使えばアクセスも容易になりました。ただ、中には正確性が不十分なものや、誤りとさえ言えるものも少なくありません。これからの私たちには、その中から正しいものだけを抽出する選球眼が求められます。かと言って、諸点に並ぶ専門書は難しいばかりでかえって混乱するかも知れません。
そこで私がお薦めするのは、投資する、しないに関わらず、まずは証券会社の口座を開くことです。口座開設だけであれば何もランニングコストはかかりません。一方、証券会社はかつてのような回転売買を通じた手数料収入に頼る構造から脱却しつつあり、寧ろ手数料は無料化へと向かっています。そこで、各社が力を入れいているのが、顧客や投資家に対する金融リテラシーの向上に役立つ様々な情報や教材の提供です。中長期的な視点に立った顧客とのリレーションシップの構築を重視しているとみられます。総じて平易にわかりやすくまとめられており、金融リテラシーの向上に有効と考えられます。
また、常に国際的な政治や経済、金融の潮流に対して、アンテナを高く張ることも大切です。例えば、2024年に関して言えば、アメリカの大統領選挙が非常に重要です。仮に、バイデン政権が再選を目指して財政の大盤振る舞いに舵を切れば、景気が減速傾向を辿っても、長期金利が上昇する可能性が高まります。反対に、ユーロ圏は緊縮財政に傾斜しつつあり、米国より、景気の減速や利下げ時期が早まるかも知れません。
また、イスラエルとパレスチナについても、イランの関与度合いが高まると原油相場が上昇するおそれが生じます。そうすれば、世界的なインフレ鎮静化への機運が水を注され、米国の利下げ期待も吹き飛んでしまうおそれがあります。金融リテラシーの向上と世界の潮流を読む。この2つを常に念頭に置いた情報収集が求められます。
ー 本日は貴重なご見解ありがとうございました。