米国の先行研究であるSadka and Sadka (2009)では、集約利益の変化は1年前の市場リターンと正に関係していることが報告されています。これは、集約利益の情報内容が1年前には株価に反映されていることを示唆しています。配当割引モデルなどの企業価値評価モデルでは、株価は将来の期待に基づいて決まることが想定されています。Sadka and Sadka (2009)の結果は、将来の上場企業全体の業況を反映するように株価が動いていることを支持する証拠と言えます。
その一方で、利益公表期間における市場リターンと集約利益の変化の関係を観察すると、この関係は時期によって変動することや、場合によっては負の関係すら観察されることが報告されています(e.g., Kothari et al. 2006, Sadka and Sadka 2009, Chen et al. 2015)。負の利益・リターン関係は、上場企業の業況が良いときに株価が下がる傾向にあるという、やや直感に反する結果です。そのため、この結果が観察される原因について、研究の世界では議論されてきました。ただ、学術的な議論はさておき投資意思決定において重要なのは、米国上場企業の業況が会計情報を通じて判明してから売買の意思決定をしても遅い、ということです。
吉永氏:先ほど説明した通り、集約利益は企業全体の業況を捉えるための指標です。そのため、家計の消費に及ぼす影響は間接的なものであり、基本的には小さいことが先行研究では報告されています。例えば、Shivakumar and Urcan (2017)では集約利益の変化は家計の消費より企業の投資に強いことが報告されています。基本的には集約利益で捉えられる企業の業況が消費活動に及ぼす影響は基本的に弱いと考えるのが良いでしょう。
集約利益と雇用の安定~集約利益の増減が雇用状況に及ぼす影響について
ー集約利益の増減は、一般の人々の経済的安定や雇用状況にどのような影響を与える可能性がありますか?
吉永氏:集約利益と雇用状況に関する研究として、Hann et al. (2021)があります。彼女らは持続性の高いコア利益(EBIT)と、持続性の低い特別損益をそれぞれ集約し、将来の雇用者の増減の関係が変わるかどうかについて、米国のデータを用いて分析しています。その結果、前者の持続性の高い集約利益は将来の雇用者数の増加と、持続性の低い集約利益は短期的な雇用者数の減少と関係するという結果が得られています。この結果が示唆するのは、企業全体が継続的に利益を稼いでいる状況では雇用者数が改善し、逆に一時的に業績を悪化させる経済的ショックが発生したときに短期的に雇用者数が減少してしまうことです。
吉永氏:地域・産業別の利益成長率に大きな違いがある場合、部門間シフト(Sectoral Shift)が発生することがあります。業績の悪い地域や産業では人件費が負担になるので労働需要が下がる一方で、業績が急成長する地域や産業では逆に労働需要が上がり、人手不足になります。すると、業績の悪い地域や産業から業績の良い地域や産業へと労働者が転職する傾向が生まれるのです。ただし、転職が成功するまでに時間がかかることがあります。雇用する企業と転職者とのマッチングや転職活動、採用活動でも時間がかかりますし、転職元と転職先とで企業側が必要とするスキルが異なる場合、スキルの学習に時間がかかることもあるからです。そのため、部門間シフトが発生するときには一時的に失業率が上昇することがあるます。実際、米国では、上場企業の利益成長率の標準偏差が大きい時期に失業率が上昇することが報告されています(Jorgensen et al. 2012)。
Chen, Y., Jiang, X., & Lee, B. S. (2015). Long‐Term evidence on the effect of aggregate earnings on prices. Financial Management, 44(2), 323-351. Hann, R. N., Li, C., & Ogneva, M. (2021). Another look at the macroeconomic information content of aggregate earnings: Evidence from the labor market. The Accounting Review, 96(2), 365-390. Jorgensen, B., Li, J., & Sadka, G. (2012). Earnings dispersion and aggregate stock returns. Journal of Accounting and Economics, 53(1-2), 1-20. Kothari, S. P., Lewellen, J., & Warner, J. B. (2006). Stock returns, aggregate earnings surprises, and behavioral finance. Journal of Financial Economics, 79(3), 537-568. Sadka, G., & Sadka, R. (2009). Predictability and the earnings–returns relation. Journal of financial economics, 94(1), 87-106. Shivakumar, L., & Urcan, O. (2017). Why does aggregate earnings growth reflect information about future inflation?. The Accounting Review, 92(6), 247-276. 中野誠・吉永裕登(2020), 『マクロ実証会計研究』, 日本経済新聞出版.