国際ビジネスはますます複雑化し、変動が激しくなる中で、多国籍企業はマーケティング戦略に新たなアプローチを求められています。
今回は、国際ビジネス、マーケティング、多国籍企業戦略を研究されている愛知学院大学 教授 梶浦雅已 氏に、「マーケティングによるこれからの国際ビジネスで成功するためには」についてのお話をお伺いして、国際市場における競争激化やデジタル変革にどのように対応し、新たな価値を創造していくか、また、国際的なブランド構築や持続可能性の観点から見たマーケティングの重要性について迫ってまいります。
取材にご協力頂いた方
梶浦 雅己氏
梶浦 雅己(かじうら・まさみ)
現職 :愛知学院大学商学部商学科・大学院商学研究科教授、博士(学術)、博士(商学)授賞 :ALBERT NELSON MARQUIS LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD 、日本貿易学会奨 励賞学歴 :横浜国立大学大学院 国際開発研究科(国際開発経営専攻)博士課程後期修了研究専門領域 :グローバル・ビジネス、グローバル・マーケティング経歴 :ハウス食品、ユニリーバ・グループ、ネスレ日本などで実務経験後、愛知学院大学着任後に横浜国立大学大学院客員研究員を経て現職
目次
グローバル市場におけるマーケティングの進化と多国籍企業の成功要因
ー 国際的な市場でマーケティングの役割がどのように変化しているかを教えていただけますか?多国籍企業における成功の要因やトレンドなど、具体的な事例や視点をお聞かせいただけますか?
梶浦教授 :グローバル市場(GM)でマーケティングが変化しているということを述べるためには、読者はGMの変化とともに、本源としての多国籍企業(MNE)自体の変化を把握しないと理解できません。
先ずはグローバルという言葉が一般にメディアに定着したのは1990年頃でした。国際という国家間の線の関係から、地球という世界を面ととらえて国・地域のネットワークを見ていこうという視点です。例えば、米国のハーバードビジネスレビューに掲載されたレヴィット(1983)の論文では、市場のグローバル化を「地球市場は同質化に向かう」とされました。「新しい市場の変化に対応できる企業は、生産、流通、マーケティング、経営の面で、おそろしいくらいの規模の経済性の恩典に浴することができる」という指摘をしてグローバル・ビジネスが顕在化したとしました。その後、竹内とポーター(1986)は、当時の産業調査によってグローバル化とマルチ・ドメスティック化が混在している状況から、産業別のグローバル化への進展度の差を実証しました。また大前研一は、日米欧市場が世界主要市場であることを『トライアド・パワー、三大戦略地域を制す』で、1985年に指摘し、その後、市場グローバル化への変化を『ボーダーレスワールド』(1990)で明らかにしました。
21世紀になると、ラグマンとヴェルビック(2004)は、当時はまだ先進国市場(トライアド)が世界市場をハイシェアに占有していることを実証しましたが、その後にグローバル化は着々と進展し、現在では新興国市場が伸長し、先進国市場が成熟化したことはご承知のとおりです。
MNEのランキング(株式時価総額ベース)も変化しました。1980年代のMNEランキングでは、日本MNEが上位を占めましたが、後年では最上位のトヨタでさえ2020年39位、2022年31位であり、アップルを筆頭とする米国MNEが多くを占有しています。米国MNEとはGAFAMやBIGTECであり、ICT、AI技術を駆使するカテゴリー市場が伸びてきたのです。 GMでは、後述するグローバル・ブランディングが構築しやすいのはこうした市場であり、MNEの成功要因はGMのトレンドになっています。
グローバル・マーケティングを駆使して形成されているビジネスモデルは、「標準化と適応化」の両立すなわち、両者のバランスの良いポートフォリオ戦略でもあり、それはキイワードとして、①収束と拡散、②統合と分散、③画一化と多様化、のポートフォリオづくりなのです。言い換えれば製品サービスについて世界的なグローバル・ブランディングと各国・地域別のローカルブランディングを組合せて、企業ブランド価値を徐々に定着していくというマルチ戦略です。
新興市場におけるマーケティングによる付加価値の提供
ー 新興市場で競争が激化している中、企業がどのようにマーケティングを活用して他社と差別化し、独自の価値を提供しているのか、事例や成功の秘訣について教えていただけますか?
梶浦教授 :一番重要なことは、企業とりわけ経営者が、1で述べた変化を理解し、マルチ戦略の手順とプロセスを構想し、計画し、実行し、トレンド変化を敏感に察知し、更新していくことができるかどうかです。グローバル・マーケティングの最重要目的は競争優位かつ個性的なブランディング基盤の確立です。
そもそも企業はある国でビジネスを始めていくことが多いので、製品サービスはローカルなもので、ローカル・ブランドです。それが母国で成功すると、その後は外国市場に参入して、このブランドを数か国で普及させていき、ひいてはグローバル化を達成させることになります。企業は多国籍企業となり、コーポレート・ブランド特徴をグローバルにアピールして普及しなければなりませんが、同時に製品サービスの特徴すなわち品質・機能・サービスをアピールしなければなりません。まずもって品質・機能・サービスがベースとなって、ブランド・マーケティングが始まります。
身近なファストファッションを例に取れば、ユニクロとZARAの違いで考えてみましょう。元来、衣食住に関係する業種はローカルなマルチ・ドメスティック(現地適応化)要素が大きいと言われてきた。しかしファストファッションは旧世代文化を打ち破ってグローバル化しました。両社のコーポレートコンセプトの特徴は差別化されています。ユニクロの製品コンセプトは、流行よりも品質や低価格を重視し、ターゲットは全年齢層ですが、ZARAのそれは流行とデザインを重視し、3か月単位で企画から生産まで小ロットで対応し、ターゲットは若い女性です。両社の発祥も日本とスペインと違いますが、それぞれに母国市場でローカルブランディングを確立し、リージョナル・ブランディングを経て、グローバル・ブランディングへと進展しています。その間にファストファッションと言えばユニクロ、ZARAというコーポレート・ブランドを定着することに成功したのです。
とりわけ新興国においては、先進国発祥のカルチャートレンドに若年層は敏感に反応する傾向にあり、割と容易に異文化の壁を乗り越えて、両社のグルーバル・マーケティングは成功したのです。例えば、欧米のラグジュアリーブランド企業は毎年グローバルブランドを更新して発表し、アップルのiPhoneなども同様な戦略をとって成功しています。
デジタル時代における異文化への適応力
ー 国境を越えたデジタルマーケティングの進展に伴い、企業はどのようにして異なる文化や言語に対応していますか?
梶浦教授 :ICTの発展に伴い、GMにデジタルマーケティングが利用され始め、コロナ渦によって進展が加速化しています。GMについては、これまで説明したように、グローバル・ブランディングすることで競争優位を確立することができます。MNEは、先進国や新興国を問わず、存在しているニーズの共通性に着目してマーケティングを展開しています。そして効率的にマス・カスタマイゼーション戦略を展開できるのがWEBを利用するデジタルマーケティングです。
またブランド・マーケティングは、異文化の壁を越えて、人間の感情・感覚・情緒へ入り込んで製品・サービスを選んでもらうための仕組みづくりです。これらは文化の違いすなわち言語、価値観、行動、慣習を乗り越えることができます。
マーケティングをどのように活用して異文化市場の壁を乗り越えて、差別化するのかということは、前提となるMNEのグローバル戦略によって達成されます。MNEのGM戦略は、活動と配置という2軸で説明されています(M.E.ポーター、1986)。 配置とはマーケティングの新製品開発、宣伝、販売促進、チャネル構築、市場調査などの活動を世界のどこで行うのが最適なのかという地理的配置を本社が意思決定することです。マーケティング活動を、特定国や特定地域に集中統合して規模の経済を追及するのか、各国別に分散するのかを決定することです。調整とはマーケティング活動の中身(ブランド、ポジショニング、サービスなど)をグローバル標準化して各国共通化するのか、ローカル、ドメスティックに現地適応化するように修正するのか、または両者を折衷するのかという程度を決定することです。ポーターは当時の産業別の競争環境の違いに着目しています。国別に固有な特性を持ち、ローカルに分散している当時の産業は「マルチ・ドメスティック産業」です。一方産業内の企業間競争が既にグローバル展開している産業が「グローバル産業」です。前者には固有のローカルな社会・文化特性が反映する衣・食・住やサービス産業(コンサルテーション、小売・卸売流通、金融など)のカルチャー・バウンド産業が多く、後者はICTに関連する産業(コンピュータ、エレクトロニクス、通信、機械など)、自動車、素材、のカルチャー・フリー産業です。
このように産業市場によって競争環境が異なる場合、グローバル・マーケティング戦略を決定するには、徹底した市場調査が必要です。製品・サービス、価格、流通、プロモーションのすべてを先進国市場と同一とすることがコストの面では望ましいですが、文化、経済、法規制などによって、すぐには同一化できない場合は、一定期間は現地適応化を選択するステージが必要です。ただし先述しましたが、近年はさらにグローバル化が進み、異文化の壁を乗り越えるような価値観を持つような顧客、例えばZ世代が出現し、新興国においても大都市圏は共通したグローバル軸へと振れてきており、マーケティングにおいてもローカル軸を容易に乗り越えていくことが認められます。現代は、先進国発祥のグローバル産業が新興国のマルチ・ドメスティック産業を駆逐していくだけのブランド優位性を構築する時代になってきているのです。また途上国の特有の文化(例えばエスニックというような神秘な新奇性な民族文化をファッションや飲食)がグローバル・トレンドに取り入れられるようなこともあります。アパレルやヘアケア、生活必需品関係のネスレ、ユニ・チャーム、味の素のマーケティング戦略には、そうしたトレンドが見られます。
国際ビジネスにおける持続可能なマーケティング
ー 持続可能性の観点から見た場合、マーケティングが国際ビジネスにおいて社会的な価値をどのように形成していますか?
梶浦教授 :1990年代から欧米とりわけ欧州で、企業の社会的責任(CSR)が問われるようになりました。日本においても2000年以降に一般化しました。マーケティングについても企業利益に特化した販売手段としてのマーケティング活動は否定されて、社会への貢献を念頭に置いたソーシャル・マーケティングを意識してマーケティングを進めなければなりません。企業は投資として持続可能なグローバル社会を維持して発展するため、環境や労働、平等などについて取り組むことが一般化しています。SDGsにおいても持続的な社会を維持達成するという理念の下、経済活動を推進する理念を持つ企業が増えています。企業がSDGsに準じるマーケティングを行うことは、GMでは必須となりつつあります。グローバル・ブランディングにおいても、こうした姿勢は高く評価されています。
しかし環境負荷を進めるとか、二酸化炭素排出量を減らすとか、リサイクルを進めているとか相当の対応はしているかもしれませんが、社会的な価値を形成するどころか、MNEの利己的と思われる行動、欠如した倫理が非難されるような米国MNE事例もあります。近年に批判を受けているMNEの租税回避行動、途上国での劣悪な労働条件や児童労働など搾取と言われるような南北問題などについても、積極的に取り組んで、持続的発展を果たそうとしているMNEの行動や倫理として相応しいとはみられていないわけです。マーケティングについても、行き過ぎであり、商業主義である、MNEは単に伝統文化を破壊しているなどの批判が急進的なNGOから挙げられています。これらを払しょくするためにも、法令順守にとどまらず、GMについては、経営理念に地域貢献や途上国支援など、社会貢献を盛り込んだ内容にしなければならない時代となっています。
多国籍企業の成功事例と戦略
ー 国際ビジネスにおいてブランド構築がますます重要になる中、多国籍企業はどのようにしてグローバルなブランドイメージを構築していますか?
梶浦教授 :中央大学の井上真里教授によれば、グローバル・ブランドはローカル・ブランドやリージョナル・ブランドと比べると数がきわめて少ないけれども、当該企業の世界連結売上高に対する貢献は逆にきわめて大きいのです。確かに私が在籍した世界最大食品産業MNEであるネスレでもその通りです。同社には2000以上のブランドがありますが、グローバル・ブランドの線引きが難しいですが、せいぜい20程度です。しかし主要売上高はグローバル・ブランドに大きく依存しています。
一般に、多国籍企業ではグローバル・ブランドが世界連結売上高の約70%に貢献しており、一部の企業では90%以上であるといわれています。このような現象の根底には、グローバル・ブランドが有する高い知覚品質とグローバル性があります(井上真里、2020)。
他社との連携も盛んであり、自社のみのR&D(Research and Development:研究開発)でイノベーションを行うよりも、他社との戦略提携によって「完全に自前ではない」イノベーションを推進する傾向も強まっています。ただし戦略提携による技術共有は製品自体の機能的差別性を同質化させることから、差別化するために製品ブランドのイメージを中心として観念的差別化を企図することが重要です(井上、2020)。
ネスレは提携やM&Aによって食品・飲料のグローバル・ブランドを手に入れてビッグビジネスとなった代表例ですが、世界の飲料、食品市場を支配するのはMNE10 社であることが、米国非営利組織のオックスファム(Oxfam)によって調査されており、グローバル市場を支配するのはMNE10社のブランド(主にグローバル・ブランド)であることが明らかにされています(井上、2020)。
例えば、コーラと言えばコカ・コーラ、シリアルと言えばケロッグというような製品名イコール企業名のイメージが人々へ浸透して定着できれば、グローバル・マーケティングは成功したことになるでしょう。他業態では、ウインドウズはマイクロソフト、iPhoneはアップル、プリウスはトヨタなどが思いつきます。
ただしコーポレートブランディングが成功しているMNEにおいても、前述したように、グローバル・ブランドを補完するために、新興国、開発途上国市場ではローカル・ブランドやリージョナル・ブランドを戦略的に未来へサステイナブルに導入しています。MNEは社会貢献を前提とする企業理念に基づいて、こうしたポートフォリオを構築し、絶えず更新していくことが重要です。
参考までに、2000年以降のグローバル・ブランドの推移と変化を視認できる動画を紹介します。
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ー 本日は貴重なご見解ありがとうございました。
引用・参考文献
大前研一(1985)『トライアド・パワー、三大戦略地域を制す』講談社。
大前研一、田口統吾訳(1990)『ボーダーレスワールド』プレジデント社。
梶浦雅己編著(2020)『はじめて学ぶ人のためのグローバル・ビジネス(第3版)』文眞堂。
井上真里(2020)22章「グローバル・ブランドⅠ」、23章「グローバル・ブランドⅡ」同上書所収。
Levitt, T.(1983), “The Globalization of Markets,” Harvard Business Review, 61(3), pp.92-102.
Porter, M. E. edt.(1986) Competition in Global Industries, Harvard Business School Press.
Porter,M.E. (2021)“The Changing Role of Business in Society”, Working Paper、the New CEO
Workshop at Harvard Business School, Fisher College of Business at TheOhio State University, and the Trilateral Commission, March-April, 2021.
Porter,M.E.& J.Heppelmann (2014)“How Smart,Connected Products are Transforming Competition”,Harvard Business Review,92(11):64-88.
Rugman , Alan M. and Alain Verbeke, “A perspective on regional and global strategies of multinational enterprises,” Journal of International Business, Springer, 2004.pp.3‐18.