ブエノスアイレス市、QuarkIDとzkSync活用で運転免許証のデジタル化へ

木本 隆義
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新しいチャレンジこそアルゼンチンの活路

アルゼンチンの首都ブエノスアイレス市は、「QuarkID(クアークID)」や「zkSync(ジーケーシンク)」といったブロックチェーン技術を活用し、運転免許証のデジタル化を進めている。

アルゼンチンといえば、インフレや通貨危機などで苦労が多いイメージが強いが、まさか免許証までデジタル化とは驚きだ。紙の免許証の発行はコストがかかり、偽造リスクへの対処や事務手続きの煩雑さが課題になっていたことを考えれば、最先端の暗号技術を導入し、効率化を図るのは理にかなっている。

ブエノスアイレス市は「miBA(ミバ)」というデジタルID管理システムを導入し、出生証明書や結婚証明書などの公的手続きをオンライン化してきた。その延長として運転免許証のデジタル化も進められており、市民はスマートフォンのアプリひとつで免許証を提示できるようになる見込みである。行政コストは削減され、紙の書類の管理や更新に伴う負担も軽減される。加えて、ブロックチェーンとゼロ知識証明(ZK)技術の活用によって、政府は発行後の利用履歴を追跡できない設計となっている。

QuarkIDは、自己主権型ID(Self-Sovereign Identity)の概念に基づき、個人が自身の身分証データを管理できるしくみである。中央集権的に「政府がすべてのデータを一括管理」する従来の方式とは違い、市民がブロックチェーン上の分散型IDを保有し、自分のスマートフォン内のウォレットで運転免許証をはじめとする公的書類を保持・提示できる。アルゼンチンの分散型ID企業「Extrimian(エクストリミアン)」が開発したオープンソースプロトコルを基盤とし、国際標準(W3CのDID仕様など)にも対応している。ブエノスアイレス市は360万人超の市民を対象にQuarkIDを導入し、2024年10月からデジタルIDの提供を開始している。

zkSyncはイーサリアムのレイヤー2技術であり、大量のトランザクションを低コストかつ高速に処理できる点が特徴である。ゼロ知識証明を活用することで、必要最小限の情報のみを開示し、個人データの改ざんや漏洩リスクを抑える。これにより、紙の免許証の偽造が難しくなるだけでなく、免許証を提示する場面で余計な個人情報を公開せずに済むため、プライバシー保護が強化される。政府がクレデンシャルを発行した後は、その後の利用状況を追跡できない設計が採用されており、中央集権的な監視リスクを下げられる点が注目される。

主要なメリットは以下のとおり。

  • 行政コストの削減
    紙の免許証の発行や紛失時の再発行、管理の負担は大きいが、ブロックチェーンを活用することで紙の使用・保管スペース・人件費の削減が期待され、効率的な市民サービスの提供が可能になる。
  • 偽造対策・不正防止
    デジタル化により偽造のハードルが上がり、交通違反のもみ消しなどの汚職・賄賂が抑えられる可能性がある。また、免許証の有効期限などもリアルタイムで検証できるため、警察官が紙の書類を照合する手間が減る。ブロックチェーン上の署名とゼロ知識証明によって、本人確認や有効期限の確認が簡便かつ正確に行える。
  • イノベーション効果
    「ブロックチェーン×公的ID」の成功例が少ない中で、ブエノスアイレス市の取り組みはデジタルトランスフォーメーション(DX)として他の自治体や国への波及が見込まれる。技術基盤の普及によって、周辺企業やスタートアップの育成が促進されることも期待される。オンライン投票や各種許可証のデジタル発行など、新規サービスへの応用も視野に入る。

一方、避けられない課題もある。

  • デジタル・デバイド
    すべての市民がスマートフォンや安定したインターネット環境を持っているとは限らず、低所得層や高齢者への対応が今後の検討課題となる可能性がある。
  • プライバシー&セキュリティ
    ゼロ知識証明の技術が優れているとはいえ、完全無欠とは言い難い。ハッキングリスクや秘密鍵の紛失といった問題への対策が求められる。運用方法によっては、プライバシー保護が不十分になるリスクも否めない。
  • 規制と整合性
    デジタル免許証が法的に有効と認められる範囲は国によって異なる。ブエノスアイレス市で導入されても、周辺地域や連邦レベルで承認されるかどうかは別の問題である。警察や裁判所が「紙の原本がないと認められない」といった立場を取れば、利便性が損なわれることになりかねない。

アルゼンチン経済には通貨不安や政治的混乱といった課題が多いが、ブロックチェーン技術の導入は国際的な評価を高める可能性がある。行政の効率化や汚職防止の観点からも、この取り組みの意義は大きい。インフレや貧困対策が優先すべき課題であるという声もあるが、行政改革は同時進行でなければ何も進まない。新しいチャレンジこそアルゼンチンの活路となるだろう。

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フリーエコノミスト。仮想通貨歴は9年。Liskで大損、BTCで爆益。タイの古都スコータイで、海外進出のための市場調査・戦略立案・翻訳の会社を経営。1973年生。東海中高、慶大商卒、NUCB-MBA修了。主著『マウンティングの経済学』。来タイ12年。
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