【松本大学松商短期大学部 糸井重夫】金融リテラシー教育の波及と未来への可能性に迫る|取材

松本大学松商短期大学 糸井重夫教授
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金融リテラシー教育は、未来の発展的な社会形成に向けて重要な役割を果たしています。この分野での先進的な知識と経験を有する松本大学松商短期大学部 糸井重夫教授に、金融リテラシー教育の波及と未来への可能性についてのご見解をお伺いしました。

日本は世界に比べて金融リテラシー教育が劣ると度々耳にしますが、金融リテラシーが個人や社会に及ぼす影響、国際的な比較、大学での教育アプローチ、テクノロジーの利活用、そして未来への展望について、糸井重夫教授の洞察を通じて、読者の皆様の金融リテラシーの更なる飛躍に繋がることを期待しています。

取材にご協力頂いた方

糸井 重夫(いとい しげお)

 1960年埼玉県生まれ。中央大学大学院商学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。同大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学(法学修士)。大学院在学中に旧西ドイツのヴュルツブルク大学(ユリウス・マクシミリアン大学)に留学。現在、松本大学松商短期大学部商学科・教授。貨幣数量説の理論的発展とその政策、日米欧の高等教育改革などについて研究。

著書に『貨幣数量説の研究』『現代の金融と経済』などがある。

目次

金融リテラシーの影響と国際比較について

ー 金融リテラシーが個人や社会に与える影響について、ご見解をお聞かせください。また、日本と他国の金融リテラシーの現状についてもお聞かせください。

糸井重夫教授:お金についての知識は、「使う」「貯める」「増やす」「備える」「借りる」などの面から捉えられます。このようなお金についての知識を前提として、自分で考え、主体的に判断し、責任をもって行動する能力を育成する金融教育は、これからを生きる若い人たちにはとても重要です。しかしながら、諸外国に比べて日本の金融教育は遅れており、米国や英国、ドイツやフランスに比べて日本人の金融に関する知識は低いといわれています。そこで、文部科学省は、2022年度の『学習指導要領』の改定に伴って、経済的に自立し、より良い生活を実現するために必要なお金に関する知識と判断力の育成を目指して、高校での家庭科の授業で「金融リテラシー」を充実させることにしました。また、成人年齢の18歳への引き下げに伴って、金融トラブルに巻き込まれる若者が増加することが懸念されていますので、「使う」「借りる」というお金の面からの消費者教育も進められています。ここでは、「貯める」「増やす」「備える」という、お金の価値を維持し、増やすという側面から考えたいと思います。

資本主義経済は、他人が求めるものを他人のために労働力を提供して生産し、対価として貨幣(お金)をいただいて自分の生命を維持するものを購入する経済です。したがって、働いて稼ぐお金(勤労所得)はとても重要です。ですから私たちは、労働力の質を高め、労働生産性を向上させることでより多くの賃金を得ようと努力します。多くの先進国で大学や短大などの高等教育進学率が高くなるのは、高度化、複雑化する社会に対応して、ひとり一人の労働力の質(労働生産性)を高めるためでもあります。例えば、オーストラリアの大学進学率は、30年ほど前までは日本と変わらず50パーセント程度でしたが、ここ数年は90パーセントを超えています。日本は60パーセントをやっと超えた程度ですから、この30年のあいだで大きく差が出てきました。オーストラリアに限らず、大学進学率を高めることで労働生産性を向上させ、その国の経済成長を引き上げようとする国も多くあります。日本人の労働生産性は国際的にみて相対的に低いことが知られていますが、日本でも大学進学率を高め、ひとり一人の労働力の質(労働生産性)を高めることが求められていると思います。

このように、働いて稼ぐ「勤労所得」(賃金)を増やすことはとても重要ですが、労働者(家計)が将来の消費のために貯めているお金(貯蓄)で稼ぐことも重要です。資本主義経済では貨幣(お金)を使って取引をし、自分の生命を維持する商品を手に入れます。ですので、交換の媒介物であるお金をたくさん持つことは、経済的により豊かになることを意味しています。つまり、勤労所得に加えて貯蓄や投資から得られる「利子所得」をよりたくさん得ることができれば、経済的により豊かな生活をおくれるわけです。ですので、より多くの利子所得を得るためにも、貯蓄や投資についての十分な知識を持ち、自分で考えて主体的に投資判断する力を育成することはとても重要だと思います。2024年からは「新NISA」が始まりますので、ぜひ上手に活用してほしいと思います。

私が留学していたドイツでは、高校卒業時に「アビチュアー(Abitur)」という修了試験がありますが、その段階で経済学などが重要な科目として位置付けられています。教科書や練習問題でも図やグラフをたくさん使用し、様々なデータから経済状況を理解させ、考えさせるように工夫されています。直接的に金融教育を行うこともありますが、経済のマクロ的な視点と金融教育を含むミクロ的な視点を組み合わせて、様々な情報を活用して学修しています。日本でも高校の共通教科として導入された「情報」と連携させることによって、金融リテラシーの充実を図ることが期待されます。

家計はいただいた給料(賃金・所得)を消費と貯蓄に分けますが、家計(資金余剰主体)が貯蓄したお金は、金融機関などを通して企業(資金不足主体)へ貸し付けられます。このような資金余剰主体から資金不足主体へのお金の流れを「金融」といいますが、金融には大きく両者が直接資金のやり取りを行う直接金融と、複数の金融機関を経て資金が流れていく間接金融があります。前者は証券会社が担い、後者は銀行が担当してきました。直接金融では家計の投資先企業が分かりますが、投資先企業が経営不振に陥ると投資資金が目減りしたり回収できなかったりしますので、そのリスクは投資家である家計が負うことになります。他方で、間接金融は銀行が貸付先企業の財務内容などを丹念に調べて融資を行いますので、預金者には自分の預金がどの企業に貸し出されているのかなどは分かりません。ですので、貸付資金が回収できずに不良債権化しても、預金者には迷惑が掛からないようにまずは銀行でリスク・テイクをしてくれます。 

このように、銀行を中心とした金融と、証券会社を介しての市場を経由した金融では、それぞれ役割とリスクが異なります。戦前の1920年代は、第1次世界大戦による戦時バブルの影響もあり、銀行が破綻するなどの金融恐慌が起き、銀行破綻による景気への悪影響が表面化しました。そこで、戦後は金融システムの安定性を確保するために、どんなに小さな金融機関でも破綻させないという競争制限的な金融保護行政が行われました。これにより、金融システムは安定しましたが、人々は銀行預金中心に資産を形成するようになりました。間接金融では、リスクを銀行が負いますので、銀行に預けておけば安心というわけです。その結果、市場での「投資」に重点を置いた金融リテラシーに関する教育は、諸外国に比べて遅れてしまいました。

通常、企業は、短期資金を銀行借り入れで賄い、長期資金は証券会社を介して市場調達で対応します。しかしながら、戦後のわが国では、競争制限的な金融保護行政が行われた結果、短期資金も長期資金も銀行が供給するという間接金融優位の金融構造を創り出しました。これにより、金融機関の破綻は回避された反面、人々はリスクが極めて低い銀行への預金(貯蓄)を増大させましたので、市場での投資が減少するのに伴って、企業は市場での資金調達が難しくなってきました。そこで、1990年代後半以降、金融保護行政の行き詰まりとともに、企業の市場での資金調達の増大により、銀行業務と証券業務の垣根が低くなり、2000年代になると国債や投資信託商品等を銀行でも取り扱うようになりました。その結果、金融構造は、企業の長期資金の調達は市場で行うが、その金融商品は銀行で販売するという「市場型間接金融」へと向かうことになりました。

このように、わが国の金融構造は、諸外国のそれとは異なる特色を持っていますので、その特色を理解する金融リテラシーの充実はとても重要です。特に、わが国ではリスク分散型の投資信託商品が重要視されていますので、その仕組みを理解することが必要です。また、これまで私たちは、リスクを引き受けてくれる銀行での「預金(貯蓄)」中心に資産形成をしてきましたが、これからは、高いリスクがあっても高い配当が見込める「有価証券(投資)」中心の資産形成が求められています。日本人はできるだけ安全で、より高い利子を稼げる金融商品を求めますので、リスク分散型の投資信託商品は日本人の好みに合っていると考えられます。ですので、このような金融商品の知識を蓄え、その仕組みを理解して、自分の判断で資産を形成できるようになるために、金融リテラシーがとても重要な時代になったわけです。

金融教育は、戦後の間接金融優位の下で諸外国に比べて若干遅れてしまいましたが、日本人の金融リテラシーを高めることで、利子所得の増加や企業の資金調達の円滑化が期待できます。さらには、これらを通して、効率的な資金循環や日本経済の活性化も期待できると思います。

金融リテラシー教育への取り組みについて

ー 大学での金融リテラシー教育の取り組みについて、どのようなアプローチが有効だと考えますか?学生に向けた金融教育を実践的かつ効果的に進めるための提案について、ご見解をお聞かせください。

糸井重夫教授:民間では、経済や株式投資を学習しながら企業や経済について学ぶ取り組みが行われています。松本大学の松商短期大学部では、「市場型間接金融」で重視されている投資信託商品の仕組みについて理解するために、「投資と運用」という科目を設けています。また、実践的で資格に直結する科目として「簿記・会計」と「情報処理」の科目を充実させ、すべての短大生にこの分野の資格を卒業までに取得させる取り組みを展開しています。多くの学生は1年生の段階でこの両分野の資格を取得しますので、両分野の知識を活用して投資について学ぶ「投資と運用」を開講することにしました。

この「投資と運用」では、まず「SDGs」や「カーボン・ニュートラル」など、今後成長が見込まれる分野のテーマを設定します。そして、そのテーマに関連する企業の財務内容を簿記・会計の知識で分析し、算出された企業価値と時価総額との比較を通して、投資対象として割安の企業か割高の企業かを導き出します。ここまでは簿記・会計の教員が担当しますが、テーマに基づく投資先企業の選定が終わると、情報処理の教員が作成したプログラムを用いて1000万円を元手に10銘柄程度の企業に投資を行います。もちろん与えられた1000万円は仮想ですが、株価はほぼリアルタイムで変動するようにプログラムされています。そして、この「投資と運用」は、一定期間の間株式の売買を行って利益を出すことで運用成績を競うという科目ですので、こまめに売買を繰り返し、必要に応じて投資銘柄を変更することもあります。また、授業の最後にはテーマ設定から運用状況の説明等を行い、リスク分散型の投資信託商品についての理解を深めるとともに、経済状況の変化や海外での様々な事件がどのような過程を経て株価に影響するのかについての理解も深める科目になっています。

受講した学生は、仮想とはいえ儲かればうれしいですし、損すれば悔しがりながら、様々なことを学んでいきます。金融リテラシーをより実践的・効果的に学ぶためには、座学の学習に加えてパソコン等を使った手法が有効と考えられます。この授業の原型は、民間企業で実施されていた「ストック・リーグ」ですが、運用成績を競わせることで、学生はテーマ設定や投資対象企業の選定で簿記・会計や経済の知識を最大限活用し、より深く経済や金融に興味を持つようになります。ですので、仮想でも実際に企業について調べ、投資をしてみることが金融教育には効果的だと考えています。

テクノロジーを活用した金融リテラシー教育の可能性

ー AIや情報テクノロジーが劇的に進化する中で、デジタルツールを活用した金融リテラシー教育の可能性についてどのようにお考えですか?

市場取引は「売り」と「買い」が市場でぶつかることで成立します。したがって、「売り」の人達ばかりでは取引は成立しませんし、「買い」の人達ばかりでも取引は成立しません。みんなが同じ情報に基づいて投資行動を行った場合、AIや情報テクノロジーを活用すると同じ結論になってしまい、市場が成り立たないなどの可能性も出てくるように思います。

したがって、現状では、最終的に決断して投資を行うのは結局人ということになります。しかしながら、その決断前の段階で、市場や企業の将来性を検討し、企業分析を行う際に、AIや情報テクノロジーを活用した分析は有効だと思います。また、AIや情報テクノロジーを活用することで、即座に最適な「解」を導き出してくれる可能性もあります。問題は、その「解」になる過程を理解する能力が必要で、それがなければ「解」を妄信するだけになってしまいます。AIや情報テクノロジーの活用は自分の判断の参考資料を得る手段であり、これらを上手に使いこなす能力も金融教育には求められていると思います。

金融リテラシー教育の進化と将来の展望

ー 金融環境が変化する中で、金融リテラシー教育もどのように進化していくべきだと考えますか?将来的な金融教育の展望についてお聞かせください。

糸井重夫教授:金融商品はどんどん複雑化してきています。15年前のリーマンショックも、サブプライムローンを組み入れた高利回り証券化商品の大量販売により引き起こされました。リスクが見えない金融派生商品による金融不安は、今後も多発するように思います。金融リテラシー教育は、自分が理解できない商品には手を出さないということも含みますので、より複雑化して販売される金融商品の仕組みを理解するだけの金融知識と判断力を、金融教育を通してひとり一人が身に付けておく必要があります。その意味では、金融教育は生涯学習として位置づけることができると思います。

また、今後もネット社会は変化を遂げていくと思います。現在でも資金調達はクラウドファンディングで行う企業もあります。場合によっては、海外からも資金調達が可能で、世界の企業にも投資が可能になると思います。そうしますと、ますます金融の知識を蓄積し、金融商品の仕組みを理解し、投資判断する能力が求められるようになります。また、自分が起業するときでもその知識は使えるでしょう。さらには、投資するのにも、起業するのにも、金融リテラシーは不可欠ですので、欧米のように低学年からの学習が求められるようになると思います。そして、知識が社会の発展を駆動する知識資本主義社会では、様々なデータ(ビックデータ)を情報として認識し、これを活用することで知識として蓄積しますので、これからの金融教育では、情報教育の充実が不可欠となります。学校教育でも科目として「情報」が導入されましたので、金融教育と組み合わせることでより効果的な金融リテラシー教育が展開されることを期待しています。

ー 本日は貴重なご見解ありがとうございました。

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この記事を書いた人

JinaCoin編集部です。JinaCoinは、株式会社jaybeが運営する仮想通貨情報専門メディアです。
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一般社団法人 ブロックチェーン推進協会所属

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